2005年09月05日

介護という事

叔父が入院したと知らせを受けました。
脳内出血。
右半身不随。

一人息子に発見された時には
倒れてからかなりの時間が経過してしまっていたようで。
携帯を持ち、不明瞭ながらも意識はありながら
なぜ助けを呼ばなかったのか。

 このまま逝かれるならその方が良いと思った

そう、救急隊員に告げたそうです。

離婚してから二人暮らしをしていた子どもとも折り合いが悪く、
最近では週に一度顔を会わせる程度の生活だったとか。

 親父の世話はしない
 お前なんかに見てもらう気は無い

売り言葉に買い言葉を実行してしまったのか、
迷惑を掛けたくない一心だったのか。


子が老いた親の面倒を見る。

当たり前に捉えていたけれど、
そうじゃない、そうできない事情や意見も山ほどある。
一方通行の想いじゃ介護は成立しない。


私は両親に余計な気を遣わせたくないな。
そんな事を考えた月曜日でした。
posted by 和泉 at 22:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日々の生活を送りながら、どうしても介護というのは引きこもりがちになります。
僕は逆に割り切って、頼めること、利用できるものはすべて使いました。
介護福祉、その他の福祉には、受ける側も交錯した思いを抱えながら受ける人もいますし、当然、と受ける人もいます。

「父親」である叔父上の場合は、やはり子供に弱い自分を見せることが悲しかったんでしょうね。
介護を受けている人の尊厳は、難しい問題です。

17から母親のことで介護や福祉のことに関わっているおかげで、結構勉強させてもらってますよ。
裂けては通れない道に当たったら、いつでも相談してみてくださいな。
Posted by 伊織 at 2005年09月11日 18:03
 イオリン

どんなに介護制度が整ったとしても、
当人、家族、世間の目、
各々が様々な見方考え方をすることには
変わりはないんですよね。

自分は何も手を差し伸べようともしないくせに
「家庭の問題を他人に任せるなんて!」
と非難するような人も存在します。
いえ、身近にはいませんが、なんだか哀しいなぁと。

お陰様で無事に集中治療室から一般病室へ移り、
リハビリをする気力も出てきたよう。
何より今回の事で親子の会話が増えたらしく、
ひとつの良い転機だったんじゃないかと。

私もいつ遭遇するかもしれない壁。
弱ったらその時はバシンとやって下さいw
ありがとう。ありがとうございます。
Posted by 和泉 at 2005年09月12日 22:07
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